福間創 追悼 p-model

ミュージシャン

【追悼】作曲家福間創・P-modelで平沢進と作った曲とは

音楽家、作曲家で有名な福間創が2022年1月1日に他界されました。(享年51歳)

この記事では
 

「福間創は、P-modelで活動していた」
「作曲家福間創がp-model時代に平沢進と作った曲は?」
「追悼、福間創が残した言葉とは」

 

について詳細にまとめたものになります。ぜひ最後まで読んでみて下さいね!
 

平沢進率いるテクノポップバンド「P-model」に在籍

福間創 追悼 p-model
 
福間創は、1970年11月10日生まれの大阪市出身。テクノポップ~パンク・ニューウェーブムーブメントに強い影響を受け、1980年代半ばからバンド活動を開始。当初は、ギターを弾いていましたが、後にシンセサイザーやコンピューターといった打ち込み機器に移行しています。

1994年、福間創が24歳の時に、平沢進率いるテクノポップバンド「P-model」に在籍します。この時のメンバーは、平沢進、福間創、小西健司、上領亘の四人。「P-model」は結成当初から度々メンバーの入れ替えをしています。

そもそもテクノポップバンド「P-model」は1979年7月「美術館で会った人だろ (ART MANIA)」でメジャーデビュー。この時の初期メンバーは、平沢進、秋山勝彦、田中靖美、田井中貞利。

1980年3月、京都で行ったライブにミュージシャンのデヴィッド・ボウイが観客の一人として観覧。後に米国版PLAYBOY誌にて坂本龍一と対談した際には、坂本から日本に気になるアーティストが居たかと聞かれ、「P-model」と答えています。この頃から海外ミュージシャンからも「P-model」は目に留まっていた様子。

福間創が加入してからリリースされたアルバムは4枚。

・1995年 リミックスアルバム「Corrective Errors」
・同年 12月10日 10thアルバム「舟」
・1997年 11thアルバム「電子悲劇/~ENOLA」
・1999年 12thアルバム「音楽産業廃棄物~P-MODEL OR DIE」

 
1996年3月には、全国ツアー「電子舟訪日行脚」開催したり精力的に活動していました。1999年には、最後のアルバムとなる「音楽産業廃棄物~P-MODEL OR DIE」をリリースしています。その後グループは、2000年無期限活動休止を発表し、福間創は脱退を表明しました。
 

脱退後自身のユニット「soyuz project」を結成、その後ソロ活動へ

 
福間創は「P-model」を脱退後、2001年より自身のユニット「soyuz project」を結成2005年にメンバーの解体を得て翌年からソロ・ユニットとして活動を再スタートしましたがこちらも2014年には解散。以降はソロとして活動しています。というのも次に説明します、とある事情が関係していたのです。
 

福間創は未破裂血栓化大動脈瘤を患っていた

 
2014年、福間創は脳内にできた未破裂血栓化大動脈瘤(みはれつけっせんかだいどうみゃくりゅう)が発見されます。血栓化大動脈瘤は通常の動脈瘤とは異なり、動脈瘤の壁に血栓が形成されそこにできた栄養血管と呼ばれる場所から出血を繰り返します。

2014年というとソロ・ユニットが解散した年となりますね。この時、すでに根治は難しい状態だったそうで、福間創が出した答えは、病と共存していていく道。その為、2021年は音楽活動を休止し、体のメンテナンスを行ってきたといいます。

それでも2021年4月には1stアルバムのリマスター盤「Flowers(2021Remasterd)」を発表。2022年には創作を再開するべく準備を行っていた様子。その矢先にこの世を去ってしまう形に…。
 

お別れのメッセージを残していた

 
福間創は、「いつか突然訪れるかも知れないお別れの時」に備えファンや家族に対してメッセージを残していました。公開されたメッセージには、

「僕に関わってくれた人々、責任取れてないことばかりで申し訳ない。以降、知り合いや音楽仲間から連絡があるなら、『知り合ってくれてありがとう』とお伝えください。ありがとうございました」

と感謝の言葉を綴(つづ)っています。(一部抜粋)
 

平沢進からのコメント

 
福間創の訃報に、長くから親交のあった平沢進からは、次のような言葉が述べられました。(一部抜粋)

「病と共存しながらその境遇を糧とする音楽家の鏡とも言える福間とは、今後連携を深めるシーンを作って行こうと構想を練っていた矢先だった。(省略)福間よ、そちらでも良い創作をしてくれ。じゃ」

ちなみに2020年に発売されたフルアルバム「this is our music」には、平沢進と小西健司も参加しています。「P-model」脱退後も親交があったことがわかります。
 

まとめ・世界に通じるアーティスト、福間創

 
以上が
 

「福間創は、元P-modelのメンバー」
「P-model時代に作曲した曲は?」
「追悼、生前の福間創が残した言葉と平沢進からのメッセージ」

 
についてまとめたものになります。

テクノポップバンド「P-model」に在籍し、アメリカ最大の音楽レビューサイト「Rate Your Music」では、エレクトロ・ポップグループとして最高評価を得るなど海外の音楽シーンでも強い支持を受けてきた福間創。
また、メジャー出身バンドでは、日本で初めて楽曲のMP3配信を行ったグループである事でも知られています。新しいことを取り込みその音楽性を追求し続けた人生でした。

ご冥福をお祈り申し上げます。

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