令和元年になり、皇后陛下となられた雅子様。
祝賀パレードでは、その柔らかな笑顔に美しいと感じた方も多いはず。
そして、「即位の礼」での十二単のお姿には、とても感動的に感じた人も多かったのではないでしょうか。
そんな雅子様ですが、2004年に「適応障害」であると宮内庁から発表され、その後16年という長い期間ご療養を続けられています。
そして現在でも、完治したとは発表されておらず、その病状と体調が気になるところです。
この記事では、雅子様の病状悪化に関してその原因、適応障害や産後うつとも言われている現在の病状についても調べてみました。
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現在の体調は回復に向かっている
皇后となられた雅子様は、初のご公務で、トランプ大統領夫妻を通訳なしでもてなし、微笑みを絶やさず会話されるお姿が印象的でした。
そのお姿に安心した方もいる一方で、今後の体調が心配されています。
長い間、ご療養されていた雅子様が皇后になられ公務が増えることで、病状が悪化するのでは?という声も・・・
しかしながら、ご存知の通り雅子様はご結婚前はバリバリのキャリアウーマン。
外交が増え、そのキャリアを活かせる機会が増えることに、心なしか笑顔の機会が増えたような気も。
そして、心配されていた愛子様も健やかに成長され、海外訪問もされています。
天皇陛下のお誕生日用に撮影されたお写真で拝見するお姿も、明るく輝きお優しい笑顔ですね。
ですがその際、天皇陛下から、雅子様の体調についてお話がありました。
「大きい行事の後や行事が続いた場合には、疲れがしばらく残る傾向があります」
「決して無理することなく、これからもできることを一つ一つ着実に積み重ねていってほしいと思います」
と話された陛下は、さらに、
「公私にわたり良き相談相手」
と語られ、お二人の信頼関係が伝わってきました。
病状悪化を心配される声は多いですが、一番つらい時期を乗り越えられ回復に向かっていると感じられますね。
雅子様 病気の症状について(適応障害・産後うつ)
次に、雅子様の病状について見て行きましょう。
2004年に雅子様は「適応障害」と、宮内庁から発表されました。
では一体、「適応障害」とはどのような病気なのでしょうか?
一般的には、ストレスから様々な心身症状が表れ、仕事はもちろん日常生活がうまく送れなくなってしまう症状を指します。
具体的には・・・
・精神症状として、強い憂うつ感や不安感の増加
・身体症状として、疲労感や不眠
・その他、行き過ぎた暴飲暴食など
もちろん人によって症状は変わりますが、では実際、雅子様に見られた症状はどういうものだったのでしょうか。
当時の雅子様は、普段乗らない車などに乗ると大泣きしてしまうといった不安定な様子が見られたと言われています。
そしてその後、入院され公務にはあまり出席されなくなりました。
宮内庁の発表とは別に、雅子様は「産後うつでは?」という声もあります。
産後うつという病名は当時ではあまり知られていなく、また、うつは体裁が悪いと判断され「適応障害」と発表されたのではと指摘する声が多も多く見られます。
雅子様の病状悪化の原因を考察
一体、雅子様の病状悪化の原因はなんだったのか、とても気になるところですよね。
そこでこの章では、その原因と考えられることについて、様々な情報を集め、まとめてみました。
どこまでが正確な内容であるか、詳細は闇の中ですが、中には心ない言葉も。
雅子様を思うと大変心苦しいものもあります。
では、その詳細を見ていきましょう。
病状悪化の原因①:湯浅宮内庁長官の言葉
雅子様は辛い流産を経験した後の2002年、大変おめでたいことに、待望の第一子である愛子様を出産されました。
しかしながら、退院後に湯浅宮内庁長官が発した言葉が、とんでもないものだったのです・・・
「皇室の将来を考えると、秋篠宮様に3人目を希望したい」
雅子様の気持ちを踏みにじるようなこの発言に対し、世間では憤りを感じる人が多く、「どうしてそんなことが言えるのか?」と、言葉を失う人も多かったようです。
確かに、いくらなんでもこの発言は酷すぎますよね・・・
当時の雅子様は、計り知れないストレスを感じたことでしょう。
天皇継承問題は、雅子様がご結婚された時から言われその精神的ダメージは想像するだけで心が折れてしまいそうなもの。
ご結婚当時には、「お世継ぎ」の出産が雅子様の役目と言われ、その重圧はすさまじいものでした。
さらに、出産することを優先とし、海外での公務はしてはいけないと言われていたとの噂もあります。。
そのような状態の中で、結婚6年目に雅子様は妊娠したものの流産してしまいます。
そのことが大きく報道され、その後の不妊治療の際も、リークを恐れて内密にしていたにも関わらず、報道されてしまいました。
そんなお辛い状況下のご結婚8年目で、愛子様を無事出産した矢先のこの発言。
それが雅子様の御心を痛めた原因となり、愛子様が成長されていく中でも「次の子は?」というプレッシャーや、心無い報道が続いたことが病状の悪化にも繋がったのではと考えられます
病状悪化の原因②:人格否定問題
雅子様は、外交官の父親を持ち、ご自身も外交官となり活躍されていました。
そのコミュニケーション能力の高さから、皇室での海外公務で活躍されるのではと言われましたが、実際はそうではありませんでした。
というのも、天皇陛下より目立つなど、雅子様の振る舞いに否定的な意見が集まったんです。
そして、天皇陛下が2004年5月、記者会見にてこのような発言をされました。
2004年5月10日、日本の皇太子徳仁親王が記者会見で人格否定発言を行う。
徳仁親王が欧州歴訪前の記者会見で「雅子のキャリアや人格を否定するような動きがあったことも事実です」と発言した。 pic.twitter.com/Y4vQ33LSxv
— 久延毘古⛩陶 皇紀2680年令和弐年弥生 (@amtr1117) May 9, 2015
この記者会見では、雅子様に対して宮内庁や皇室関係者の強い否定があったことが陛下から語られました。
このことからも、雅子様が日々どれだけのストレスに晒されていたか容易に想像できます。
皇室という世間とは全く違う環境の中で、一生懸命努力された雅子様。
にもかかわらず、その振る舞いを否定され、終いには人格否定されたとのこと・・・
一般の民間人と異なるとはいえ、雅子様の気持ちを思うと、とても辛いものがありますね。
病状の悪化の原因③:愛子様へのいじめ・不登校問題
それは、雅子様がご療養中のこと。
学習院初等科の2年生になった愛子様は、2010年3月頃から登校できなくなってしまいました。
その原因は、同学年の複数の男児による愛子様やほかの児童への「いじめ」と言われています。
深く傷ついてしまった愛子様を、一番近くで感じていた雅子様の心配は相当なものだったことでしょう。
愛子様のことで、雅子様の病状が悪化したという言い方は悪く聞こえるかもしれませんが、愛子様と同様に雅子様の心身への負担は大きかったと考えられます。
この事件をきかっけに、雅子様は1年9か月に渡り、愛子様に付き添われて一緒に登校されました。
付き添うことに批判もある中で、雅子様は愛子様のことを一番に考えて行動されたんですね。
雅子様は陛下と共に愛子様を支え続け、愛子様も徐々に登校されるようになり、高等科では学校行事に積極的に参加され、学校生活を満喫されている様子も伝えられました。
愛子様が元気になられると、雅子様もご安心出来ますよね。
すっかり元気に成長された愛子様を見て、雅子様の体調も良い方へと向かっているのではないでしょうか。
【まとめ】雅子様の病状・病状悪化の原因と現在について
この記事では、皇后陛下となられた雅子様の病状と現在の体調について、さらに病状悪化の原因とされる適応障害や産後うつにも触れ、情報をまとめました。
現在も治療も続けていていらっしゃいますが、少しづつ体調も回復され、今では元気なお姿を見ることもできます。
皇后陛下となられ公務も増える中、体調を心配する声も多いですが、雅子様にはご無理なさらず笑顔でいてほしいと思います。
そして、あの素敵な笑顔を拝見できる機会がより増えることを、国民も期待していることでしょう。